Category Archives: 名作文学

#五重塔 #幸田露伴 【日本の名作文学】

「五重塔」
作:幸田露伴

 

木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対ひて話
し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立
派な眉を何日掃ひしか剃つたる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色
をとゞめて翠のひ一トしほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り、・・・

 

(略)

 

・・・年月日とぞ筆太に記し了られ、満面に笑を湛へて振り顧り玉へば、両
人ともに言葉なくたゞ平伏ふして拝謝みけるが、それより宝塔長へに天に聳
えて、西より瞻れば飛檐或時素月を吐き、東より望めば勾欄夕に紅日を呑ん
で、百有余年の今になるまで、譚は活きて遣りける。

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#聖家族 #堀辰夫 【日本の名作文学】

死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。
死人の家への道には、自動車の混雑が次第に増加して行った。そしてそれは、その道幅が狭いために、各々の車は動いている間よりも、停止している間の方が長いくらいにまでなっていた。
それは三月だった。空気はまだ冷たかったが、もうそんなに呼吸しにくくはなかった。いつのまにか、もの好きな群集がそれらの自動車を取り囲んで、そのなかの人達をよく見ようとしながら、硝子窓(ガラスまど)に鼻をくっつけた。それが硝子窓を白く曇らせた。そしてそのなかでは、その持主等が不安そうな、しかし舞踏会にでも行くときのような微笑を浮べて、彼等を見かえしていた。

(略)

絹子はそう答えながら、始めはまだ何処かしら苦痛をおびた表情で、彼女の母の顔を見あげていたけれども、そのうちにじっとその母の古びた神々しい顔に見入りだしたその少女の眼ざしは、だんだんと古画のなかで聖母を見あげている幼児のそれに似てゆくように思われた。

#走れメロス #太宰治【日本の名作文学】

「走れメロス」

作:太宰治

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。

(略)

ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。

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#闇の絵巻 #梶井基次郎 【日本の名作文学】

「闇の絵巻」
作:梶井基次郎

 

最近東京を騒がした有名な強盗が捕まって語ったところによると、彼は何も
見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることができるという。
その棒を身体の前へ突き出し突き出しして、畑でもなんでも盲滅法に走るの
だそうである。私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快な戦慄を禁
じることができなかった。

 

(略)

 

闇の風景はいつ見ても変わらない。私はこの道を何度ということなく歩いた。
いつも同じ空想を繰り返した。印象が心に刻みつけられてしまった。街道の
闇、闇よりも濃い樹木の闇の姿はいまも私の眼に残っている。それを思い浮
かべるたびに、私は今いる都会のどこへ行っても電燈の光の流れている夜を
薄っ汚なく思わないではいられないのである。

 

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#藪の中 #芥川龍之介【日本の名作文学】

検非違使に問われたる木樵りの物語

 

さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交った、人気のない所でございます。

 

(略)

その時誰か忍び足に、おれの側へ来たものがある。おれはそちらを見ようとした。が、おれのまわりには、いつか薄闇が立ちこめている。誰か、――その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀を抜いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮が溢れて来る。おれはそれぎり永久に、中有の闇へ沈んでしまった。………

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#地獄變 #芥川龍之介【日本の名作文学】

堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎に角御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の爲さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拜見致しましても、壯大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。

 

(略)

しかしさうなつた時分には、良秀はもうこの世に無い人の數にはいつて居りました。それも屏風の出來上つた次の夜に、自分の部屋の梁へ繩をかけて、縊れ死んだのでございます。一人娘を先立てたあの男は、恐らく安閑として生きながらへるのに堪へなかつたのでございませう。屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さな標の石は、その後何十年かの雨風に曝されて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸してゐるにちがひございません。

 

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#夜明け前 #島崎藤村【日本の名作文学】

「夜明け前」
作:島崎藤村
木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、
あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾
をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

 

(略)

 

強いにおいを放つ土中をめがけて佐吉らが鍬を打ち込むたびに、その鍬の
響きが重く勝重のはらわたに徹えた。一つの音のあとには、また他の音が
続いた。

 

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