風立ちぬ
堀辰雄
それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に
絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たえていた
ものだった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、
それからしばらく私達は肩に手をかけ合ったまま、遥か彼方の、縁だけ茜色を帯
びた入道雲のむくむくした塊りに覆われている地平線の方を眺めやっていたもの
だった。
(略)
まあ、ときおり私の小屋のすぐ裏の方で何かが小さな音を軋しらせているようだ
けれど、あれは恐らくそんな遠くからやっと届いた風のために枯れ切った木の枝
と枝とが触れ合っているのだろう。又、どうかするとそんな風の余りらしいもの
が、私の足もとでも二つ三つの落葉を他の落葉の上にさらさらと弱い音を立てな
がら移している……。
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