「カインの末裔」
作:有島武郎
長い影を地にひいて、痩馬の手綱を取りながら、彼れは黙りこくって歩いた。
大きな汚い風呂敷包と一緒に、章魚のように頭ばかり大きい赤坊をおぶった彼
れの妻は、少し跛脚をひきながら三、四間も離れてその跡からとぼとぼとつい
て行った。
(略)
二人の男女は重荷の下に苦しみながら少しずつ倶知安の方に動いて行った。
椴松帯が向うに見えた。凡ての樹が裸かになった中に、この樹だけは幽鬱な暗
緑の葉色をあらためなかった。真直な幹が見渡す限り天を衝いて、怒濤のよう
な風の音を籠めていた。二人の男女は蟻のように小さくその林に近づいて、や
がてその中に呑み込まれてしまった。
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