#藪の中 #芥川龍之介【日本の名作文学】

検非違使に問われたる木樵りの物語

 

さようでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違いございません。わたしは今朝いつもの通り、裏山の杉を伐りに参りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。あった処でございますか? それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交った、人気のない所でございます。

 

(略)

その時誰か忍び足に、おれの側へ来たものがある。おれはそちらを見ようとした。が、おれのまわりには、いつか薄闇が立ちこめている。誰か、――その誰かは見えない手に、そっと胸の小刀を抜いた。同時におれの口の中には、もう一度血潮が溢れて来る。おれはそれぎり永久に、中有の闇へ沈んでしまった。………

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#地獄變 #芥川龍之介【日本の名作文学】

堀川の大殿樣のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎に角御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の爲さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拜見致しましても、壯大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。

 

(略)

しかしさうなつた時分には、良秀はもうこの世に無い人の數にはいつて居りました。それも屏風の出來上つた次の夜に、自分の部屋の梁へ繩をかけて、縊れ死んだのでございます。一人娘を先立てたあの男は、恐らく安閑として生きながらへるのに堪へなかつたのでございませう。屍骸は今でもあの男の家の跡に埋まつて居ります。尤も小さな標の石は、その後何十年かの雨風に曝されて、とうの昔誰の墓とも知れないやうに、苔蒸してゐるにちがひございません。

 

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#夜明け前 #島崎藤村【日本の名作文学】

「夜明け前」
作:島崎藤村
木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、
あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾
をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

 

(略)

 

強いにおいを放つ土中をめがけて佐吉らが鍬を打ち込むたびに、その鍬の
響きが重く勝重のはらわたに徹えた。一つの音のあとには、また他の音が
続いた。

 

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#恩讐の彼方に #菊池寛 【日本の名作文学】

「恩讐の彼方に」
作:菊池寛

 

市九郎は、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左の頬から顎へかけて、
微傷ではあるが、一太刀受けた。自分の罪を――たとえ向うから挑まれたとは
いえ、主人の寵妾と非道な恋をしたという、自分の致命的な罪を、意識してい
る市九郎は、主人の振り上げた太刀を、必至な刑罰として、たとえその切先を
避くるに努むるまでも、それに反抗する心持は、少しも持ってはいなかった。

 

(略)

 

敵を討つなどという心よりも、このかよわい人間の双の腕によって成し遂げら
れた偉業に対する驚異と感激の心とで、胸がいっぱいであった。彼はいざり寄
りながら、再び老僧の手をとった。二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙に
むせび合うたのであった。

 

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