「渋江抽斎」
作:森鴎外
三十七年如一瞬。学医伝業薄才伸。栄枯窮達任天命。安楽換銭不患貧。
これは渋江抽斎の述志の詩である。想うに天保十二年の暮に作ったものであろう。
弘前の城主津軽順承の定府の医官で、当時近習詰になっていた。しかし隠居附に
せられて、主に柳島にあった信順の館へ出仕することになっていた。
(略)
下渋谷の家は脩の子終吉さんを当主としている。終吉は図案家で、大正三年に津田
青楓さんの門人になった。大正五年に二十八歳である。終吉には二人の弟がある。
前年に明治薬学校の業を終えた忠三さんが二十一歳、末男さんが十五歳である。こ
の三人の生母福島氏おさださんは静岡にいる。牛込のお松さんと同齢で、四十八歳
である。
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