#真珠夫人 #菊池寛【日本の名作文学】

「真珠夫人」
作:菊池寛

 汽車が大船を離れた頃から、信一郎の心は、段々烈しくなつて行く焦燥しさで、満たされてゐた。国府津迄の、まだ五つも六つもある駅毎に、汽車が小刻みに、停車せねばならぬことが、彼の心持を可なり、いら立たせてゐるのであつた。
 彼は、一刻も早く静子に、会ひたかつた。そして彼の愛撫に、渇ゑてゐる彼女を、思ふさま、いたはつてやりたかつた。

(略)

 記憶のよい読者は、去年の二科会に展覧された『真珠夫人』と題した肖像画が、秋の季節を通じての傑作として、美術批評家達の讃辞を浴びたことを記憶してゐるだらう。
 それは、清麗高雅、真珠の如き美貌を持つた若き夫人の立姿であつた。而も、この肖像画の成功はその顔に巧みに現はされた自覚した近代的女性に特有な、理智的な、精神的な、表情の輝きであると云はれてゐた。その絵を親しく見た人は、画面の右の端に、K. K. と署名されてゐるのに気が付いただらう。それは、妹の保護のもとに、芸術の道に精進してゐた唐沢光一が、妹の横死を悼む涙の裡に完成した力作で、彼女に対する彼が、唯一の手向であつたのであらう。

       

 瑠璃子を失つた美奈子の運命が、此先何うなつて行くか、それは未来のことであるから、此の小説の作者にも分らない。が、われ/\は彼女を安心して、直也の手に委せて置いてもいゝだらうと思ふ。

 

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