「父帰る」
作:菊池寛
賢一郎 おたあさん、おたねはどこへ行ったの。
母 仕立物を届けに行った。
賢一郎 まだ仕立物をしとるの。もう人の家の仕事やこし、せんでもええのに。
母 そうやけど嫁入りの時に、一枚でも余計ええ着物を持って行きたいのだろうわい。
賢一郎 (新聞の裏を返しながら)この間いうとった口はどうなったの。
母 たねが、ちいと相手が気に入らんのだろうわい。向こうはくれくれいうてせがんどったんやけれどものう。
賢一郎 財産があるという人やけに、ええ口やがなあ。
(略)
おたね 兄さん!
(しばらくのあいだ緊張した時が過ぎる)
賢一郎 新! 行ってお父さんを呼び返してこい。
(新二郎、飛ぶがごとく戸外へ出る。三人緊張のうちに待っている。新二郎やや蒼白な顔をして帰って来る)
新二郎 南の道を探したが見えん、北の方を探すから兄さんも来て下さい。
賢一郎 (驚駭して)なに見えん! 見えんことがあるものか。
(兄弟二人狂気のごとく出で去る)
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