法学とは何か(17) 末弘厳太郎

四 法のあるべき姿――その理想的体系
 十 私は、法学本来のあるべき姿は、もっと科学的なものでなければならないと考えている。現在多くの大学で教えられているいろいろの教科目にしても、それら相互の間に理論的の脈絡をつけて体系立ててみれば、もっと科学の名にふさわしい法学が成り立ち、もっと学生の理性を満足せしめ得るような法学教育が行われ得るのではないかと考えている。
 以下にこの点に関する私の考えを素描すると、先ず第一に、法学の中心をなすものは「実用法学」であって、それは解釈法学と立法学とに大別されるが、その両者に通ずる科学としての本質は法政策学である。立法学は一定の政治目的のために、最もその目的に適った法令を作る科学的方法を研究する学であり、解釈法学は個々の具体的事件に適正な法的取扱いを与える科学的方法を研究する学である。科学としての解釈法学は、単に法令を形式的に解釈することを目的とする技術ではなくして、個々の具体的事件に妥当すべき法を創造することを目的としている。表面上単に法規を形式的に解釈しているように見える場合でも、実は法の創造が行われているのであって、創造を必要としない場合は、初めから解釈を要せずして法が明らかな場合にほかならない。いやしくも解釈が行われる場合には、程度の差こそあれ必ず法の創造が行われるのである。無論、法を創造すると言っても、立法によって法規が作られるのとは違う。立法の場合には、適用の対象たるべき不特定の事実を想定して抽象的な法規を作るのに反し、この場合には、与えられたる具体的事件を法的に処理するために必要な、具体的な法を、その必要の限りにおいて作るにすぎない。しかし、その法といえども、もしも他に別の同種の事件があるとすれば、それにも適用されてよいという想定の下に作られるのであって、その意味においては、なお法たる性質を有するということができる。多くの学者は今でも、一般に解釈の法創造性を認めないのを通例としている。そしてその理由として、解釈に法創造性を認めることは三権分立の政治原則を紊(みだ)るものだと言うのであるが、かくのごときは、立法における法規の定立と解釈による法の創造性との差異を理解しないものと言わねばならない。
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