歴史とは何か(4) 津田左右吉

 第三には、生活は断えず動いてゐて一刻も静止してゐない、といふことである。人は常に何ごとかをいひ何ごとかをし、何ほどか心をはたらかせてゐて、そのために断えず生活が変化してゐるからである。その動きかたはいろ/\であつて、大きく強いこともあれば小さく弱いこともあり、突如として激しい動きの起るやうに見えることもあれば、徐々に動くともなく動いてゐることもあり、その徐々な小さい動きも、動くそのことの力によつて、或は他からの刺戟によつて、大きな動きとなることもある。さうしていかなる動きかたをするにしても、その動きは順次に前のを承けて後のを起してゆくから、生活の動きは断えることなく連続してゐる。従つてその間にくぎりをつけることはできない。生活は一つの生活として一貫してゐるのである。この意味では今日の自己が昨日の自己であるのみならず、遥か隔つた前からの自己であり、遥か後までの自己なのである。そこで、第四としてかういふことが考へられる。それは、どんな一言一行でも、上記の如き生活の変化によつて、或はその他の道すぢによつて、そのはたらきをかならず後の生活に及ぼす、といふことである。そのはたらきが時を隔てた後に現はれることもあり、明かに知られずして行はれることもあるが、それの無いことは無い。そのはたらきに大小強弱のちがひはあつても、一たびしたことはそのまゝ消滅してしまふものではない。第五には、断えず動いてゐる生活は一刻ごとにそれ/\の特異な姿をもち特異なはたらきをするので、二度と同じ状態にあることが無い、といふことである。一こといふにも、その時の気分、即ち生理的心理的状態、ふと思ひ出したこと、あひての人物や態度、対談のゆきがゝり、周囲の状況、及びその他のさまざまの条件、がはたらきあつて、そのいふことといひかたとがきまるのであるが、これらの条件の一つ/\が、またそれ/″\にさま/″\の条件上そのはたらきあひとによつてできてゐるから、さういふ多くの条件が同じやうに具はり同じやうにはたらきあふことが二度あるはずはなく、従つて同じことは二度とはいはれないのである。
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